
出典:奇跡の一本松|東北の観光スポットを探す | 旅東北 - 東北の観光・旅行情報サイト
時期を逸してしまいましたが、2026年3月11日は【東日本大震災】から15年の節目の日でした。
僕の職場でも3月11日14時46分に1分間の黙祷アナウンスがあり、活発な意見交換がされているミィーティング中でしたが、1分という短い時間の静寂のなかで15年前のあの日のことを思い出し、亡くなられた方々のご冥福を祈りました。
【東日本大震災】から15年という節目のなかで思い出したことがあります。
10年以上前に高校時代の同窓会で初めて言葉を交わしたことによって意気投合してから、1年に1度会うか会わないかという付き合いの友人が毎度会う度に言う言葉があるんですけど、いつ聞いても(会う度に聞いてる気がする)良い言葉だと思うのがありますので紹介します。
僕らは昭和40年代生まれなんですけど彼曰く
「僕らは戦後20年足らずで生まれてきて、そんな時代に産んでもらって育ててもらったことを親に感謝しなきゃいけない」
初めて聞いたときに、戦後20年足らずだったんだと痛感しました。
それと同時に20年足らずというのは昭和38年とか39年生まれの人達に使うのが正しくて昭和40年代生まれの僕ら世代に使うのなら「戦後20年余りで生まれてきて・・・」
が正しいんじゃない?なんていうツッコミをいれるべきだったなんて感じたのは、それからしばらく時間が経った後のことで、初めて聞いたときの衝撃は忘れません。
それまでの僕はというと、経済的には中流の底辺くらいな感じでだれだれの家の子に生まれたかったなんてことを子供の頃は切実に思ってましたし、大人になってからも社会のなかに飛び込んでさまざまな壁にぶち当たるたびに若い頃はそれを家庭環境の所為にしがちでしたが、歳を重ねることによりそれは自分自身の問題であって、家庭環境の所為ではないように感じるようにはなっていきました。
そんな心境の変化もあるなかで聞いた「僕らは戦後20年足らずで生まれてきて、そんな時代に産んでもらって育ててもらったことを親に感謝しなきゃいけない」
正しくは「僕らは戦後20年余・・・」ですが、初めて聞いてから10年以上経ちましたが、これからも大事にしていきたい言葉です。
僕らは戦後20年余で生まれてきましたが、僕らの親の世代は戦時下で生まれて、間接的に戦争に巻き込まれて、戦後の苦しい時代を生き抜いて縁があって結びつき僕らはこの世に生を受けたわけです。
僕らの親の世代の逞しさが戦後で荒廃した日本社会を立て直してきたことを思うとき、人は逆境のなかでこそ逞しく生きていくDNAが組み込まれているんじゃないかとさえ感じてしまいます。
時代が違うので逆境なんか必要なくて平穏無事で生きていける今のほうが幸せなのかもしれないです。
但し、それは平穏という幸せであって、そんな平穏無事の世の中で戦後のような目まぐるしい成長なんて望めないと感じますし、マクロ的に俯瞰してみれば平穏無事という世の中がとても長いあいだ続いているというのも事実なのです。
僕も含めて平穏無事という世界にいると人は大きな変化を求めるようには思えません。
それが今の日本社会であって、その層が広がったことも停滞の原因だと思います。
対外的にいえば韓国、中国などの経済の成長とかが大きな原因ではあると思いますけど、内面的な問題のほうが大きいと感じます。
それは個人もそうですし、企業もそうですし、日本社会がそうなのです。
平穏無事のなかにいると、それを手放すリスクをおかしてまで自発的に行動を起こすことは難しいし、そう考える人が大多数だと思います。
【東日本大震災】から節目の15年の日に友人がいう「戦後20年足らずで生まれてきて・・・」を思い出して色々と考えてみた次第です。